観光レポート

 

鹿児島県知覧特攻平和記念館訪問と桜島滞在

息子の大学卒業記念にと、鹿児島県南九州市知覧市の特攻平和記念館にいきました。息子と同世代の若者が、劣勢にあった当時の戦局を挽回するために、200Kg爆弾を主翼に搭載し、沖縄沖合の敵艦隊に突入する捨て身の攻撃を敢行した史実を見ることができます。

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必死、英霊、疾風(はやて)、神風(かみかぜ)、殉国、轟沈、散華、という弔いの言葉が、並びます。遺書には、母親、家族、そして祖国を思う気持ちが記されています。この史実を通じて、なんとなく平和である現代日本の若者が、その平和の尊さと今を生きる価値をどのように感じることができるであろうか。息子にも感じてもらいとの思いで企画した旅行となりました。私自身も、一生懸命自分の考えることに生きることができる幸せを改めて感じ、わが身ももう一度奮い立たすことにもつながりました。小さなことで、くよくよしていては、彼ら特攻戦士へ返す言葉もないです。館内は写真撮影禁止です。写真は水没した特攻機を引き上げた実物展示を外部から撮影しました。生々しい史実を物語ります。

 

U.jpg三角兵舎とは、編成された特攻隊員が集団で寄宿する建物で、同じ仲間の絆を深める酒盛りなどが開催されていたようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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知覧基地指定の富屋食堂の『特攻おばさん』のお店も記念館のある近くで「知覧茶屋」として営業しています。実際の食堂は町中にあり、小さな博物館として昔の状態を保存展示しています。

次に、特攻隊員が旋回して最後の挨拶をしたとする開聞岳の雄姿を陸路から観察し、指宿の砂蒸し温泉の現場を観察し、宿を桜島に求めて桜島シーサイドホテルに移動しました。

 

 

W.jpg一転して、ここは希少価値のある風光明媚な露天風呂があります。

このような、素晴らしい絵にかいたような海辺の露天風呂があるとは、思ってもみなかった発見です。桜島の古里地区に立地する同ホテルは南側が海に開けており、イルカの回遊も観察することができ、宿泊者には早朝6時から利用できます。ご来光や朝焼けを拝みながら、源泉かけ流しの露天風呂にはいることができるのです。写真にみられるように男女混浴になっています。湯量が多いので水着で入浴できるようにすればもっと人気がでるかもしれません。後継者とみられるホテルの岩元さんに、このような素晴らしい温泉を多くの方々に知ってもらうことがとても大切ですねと会話しながら、できることの情報発信をさせていたくことを約束をしました。岩元さんはホテル旅館組合青年部の役をされたようで、ホテル前で息子のとの記念写真撮影もしていただいた。旅の出会いの機会が、なにかしら成長発展の機会になればと願うばかりです。

参考サイト:http://www.food-travel.jp/kagoshima/sakurajima-seaside.html

 

(観光ビジネス研究会 福嶋康徳)

沖縄阪神キャンプツアー

2月の上旬に休暇を2日ほど頂き、3泊4日で沖縄へ行って来ました。今回の旅行の目的は阪神タイガースの宜野座キャンプ視察です。


7:55の羽田空港発のJAL903便で那覇空港へ。約3時間で到着。東京は寒いですが、沖縄は春先の気温なので、服装が東京のままだとかなり暑く感じます。

レンタカーを借り、まずは昼食。豊見城市にある「海洋食堂」に行ってみました。町の食堂といった感じです。そば定食(¥650)を頂きました。

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「沖縄アウトレットあしびなー」でショッピングをして、夕刻ホテルに到着。今回のホテルは恩納村にある「かねひで恩納マリンビューパレス」。初日の夜はホテルの最上階15階にある展望レストラン「宴」で和洋琉をおりまぜたディナーバイキングを頂きました。

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2日目はいよいよ今回の旅の目的の阪神タイガースキャンプ視察。

ホテルから車で30分程度のところにある宜野座村野球場がキャンプの場所。練習時間は10:00〜16:00ですが、若干早めに到着。この日は金曜日でしたので、まだ駐車場に余裕あり。駐車場は無料で完備しています(満車になると徐々に臨時駐車場が遠くなりますが)。

キャンプ自体はまだ始まったばかりなので、基本練習が中心です。球場で観戦するのとは異なり、選手やコーチとの距離感が極めて近く、応援のし甲斐があります。

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野球場の周辺は飲食店がほとんどないのですが、屋台が出店しており、また「パーラーぎのざ」というお店もあり。ここでランチを頂きました。食事には困りません。

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キャンプ終了後、少し観光。勝連城跡に行ってみました。沖縄県の百名城は首里城、今帰仁城、中城城と3ヶ所ありますが、既に制覇済。自然の断崖を利用した難攻不落の城と言われる勝連城はうるま市にあり、15世紀に海外貿易により勝連に繁栄をもたらした阿麻和利が居城したとして有名です。2000年にユネスコの世界遺産に登録されました。夕刻でしたが、空と海の青さがきれいでした。

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夕食はホテルからすぐの『沖縄料理 ちぬまん 恩納前兼久店』にて、沖縄料理。

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3日目もキャンプ視察。

昼過ぎちょっとキャンプから離れ、名護市にある「道の駅 許田」に行き、お土産を探索。買物終了後、再びキャンプに戻り、練習を終えた選手やコーチにサインをもらいました。

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夜は昨日と同じ沖縄料理のお店で、少しメニューを替えつつ。

 

最終日はキャンプを少し観て、宜野座を後にし、恩納村にあるテーマパークの琉球村へ。園内には、県内各地から移築された築80年以上の古民家が数多くあり、そのうちのいくつかは国登録の有形文化財となっています。伝統的な家屋を周りながら、昔の沖縄を体験することが出来ます。

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琉球村見学後は、ランチタイム。北谷町のアメリカンビレッジの中にある『キャプテンズイン美浜店』でステーキ。

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レンタカーを返却し、那覇空港15:50発のJAL914便で羽田空港へ。

キャンプ視察中心でしたが、春の沖縄を十分楽しみました。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

工場見学 博多の辛子明太子

 博多のソウルフードの1つである辛子明太子の工場見学の日帰り旅行を行ってきました。

 

 はじめに行ったところは、「山口油屋福太郎」です。「福太郎」は、辛子明太子及び辛子明太子加工食品の開発・製造を行っている会社です。残念ながら土曜日だったので、工場自体の見学はできませんでしたが、レストランでビデオによる工場見学及び試食を行うことができました。「福太郎」の辛子明太子は、2度漬け製法で、女性や子供も食べやすい味になっています。また、辛子明太子以外に、めんべい(焼き菓子)の製造・販売を行っています。工場見学を受け入れていることからも食品の製造への安全・安心の取り組みも積極的に行われています。ISO9001の取得のほか、添田町めんべい工場では総合衛生管理HACCPの認定も取得しています。

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 2件目に行ったのは、「ふくや」です。辛子明太子の起源は諸説ありますが、その1つが「ふくやの川原俊夫が若いころに釜山で食べた明卵漬の記憶を基に漬け込み型の辛子明太子を開発した」というものです。工場の2階が製造施設で、大きく4つの部屋に分かれて、廊下からガラス越しに製造しているところを見ることができます。1つ目の部屋は、漬込室で、「漬込用タレ作り」「スケトウダラの卵巣の選別・唐辛子ふりかけ」「タレかけ」、2つ目が熟成室です。ここはガラス越しの見学はできませんでした。3つ目が計量パッキン室で、「計量」「密封」「容器洗い」「金属探知・ウエイトチェッカー」「粒明太子自動計量」です。最後が包装室で、「製造記号印字」「フタかけ」「箱詰め」「ダンボール詰め」「ガムテープ貼り」「パレタイザー」「自動搬送機」「一本物ライン」になっています。さすがに、ISO22000を取得してだけあって、きれいな工場でした。なお、1階には、「ハクハク」という博多の食と文化の博物館があります。小さいスペースですが、見ごたえのある空間です。そうだったのかと思ったのは、「うどん」「まんじゅう」「羊羹」の発祥の地ということです。

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 「福太郎」と「ふくや」とも博多駅から1駅目と近いので、博多に行った時には立ち寄っては如何でしょうか?

 (観光ビジネス研究会 岡村善裕)

 

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Q1.博多といえばラーメンって感じだけど、うどんなどの発祥の地なの?

A1.「うどん」の発祥の地の1つに、博多の名刹・承天寺という説があります。

承天寺を開山した聖一国師は、中国・宋から、仏教とともに、製粉技術を伝えました。

聖一国師が、持ち帰った「水磨の図」に水車や挽き臼を使った製粉技術が書かれており、この挽き臼の登場で小麦を大量に粉にすることができ、「うどん」を食べることが、 博多から全国へと広がったと伝えられています。

「饅頭」は、聖一国師が托鉢していた時に、親切にしてくれた茶店の主人に「甘酒饅頭」の製法を教えたと伝えられています。また「羊羹」の作り方も伝えたそうです。「饅頭」も「羊羹」は、鎌倉・室町時代に茶道の発展とともに広がったと伝えられています。

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広州旅行(その3)

昼食終了後、午後の観光へ。

まずは、六榕寺。中国南北朝時代の537年に建設され、北宋時代に全焼した後、宋時代の989年に再建し、淨慧寺に改名されました。六榕寺の名は、北宋の政治家で詩人、書家でもある蘇軾が広州に左遷され、この寺を訪れた際に、境内の六本の榕樹(ガシュマル)の美しさを賞賛し「六榕」の書を残しました。蘇軾の貴重な書を尊ぶため、これを横額にして寺の正門に掛けたことから、以後六榕寺と呼ばれるようになったと伝えられています。寺の中央に位置する「千仏塔」は1097年に建てられ、当初正方形でしたが、再建の際、現在の八辺形の基部となりました。塔の高さは57メートルで、外は9層、中は11層からなる古代の高層建物です。

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続いて、沙面へ。広州の南西に位置する小島で、昔から貿易の拠点であり、19世紀半ばにイギリス、フランスの両国の租界となったことから、欧風の建物が150箇所以上残され、広州で最も異国風に満ちた観光地となっています。

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この日の観光の最後の場所は、陳氏書院でした。陳家祠とも呼ばれ、清朝の1894年に広東省の陳姓の人たちの寄付によって建てられた合族宗祠です。大小併せて19もの建物からなる中庭式建物群となっており、規模や装飾ともに群を抜くもので、保存状態も良いことから、1988年に中国の重要文化財に指定されています。

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そして、夕食。広州タワー方面へ移動して『旭m酒家』というお店へ。個室に我々3人。しかし料理のボリュームは軽く5人前以上。子豚の丸焼きなど頂きましたが、全ての料理を当然残す結果に。中国の慣習的に仕方ないでしょう。

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ホテル到着後、珠江にかかる解放大橋や海珠橋が美しくライトアップされていました。

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そして、前日に続き全身マッサージ。2日連続だったため、マッサージが痛い。最後は音を上げてしまいました。

 

最終日は、まず朝食。ホテル近隣のお店へ。これから会社へ向かおうとする会社員風の人や地元のお年寄りなど、お客さんは朝からかなり入っています。海老雲麺(15元)を頂きました。

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そして、この旅行では初めての地下鉄での移動。海珠広場駅→(2号線)→広州火車駅→(5号線)→動物園駅と乗り継いで、広州動物園へ。1955年の開園で、市民の憩いの場的な動物園です。パンダを期待していたものの、檻を改修中で、パンダは残念ながら不在。それ以外の動物(450種類程いるそうです)を楽しみました。

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再びホテルに戻り、12時にお迎えの車が到着。広州白雲空港へ送ってもらい、空港内でランチ(空港内の食事はちょっと割高)。

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15時過ぎに出発し、羽田に20時前後に無事帰還。

 

かなり詰め込んだ広州旅行になりましたが、美味しい広東料理に加え、落ち着いた観光スポットを巡ることが出来ました。広州の周辺には香港、マカオ、桂林など旅行に適した地域もあり、またこの辺りを攻めてみたいと思います。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

広州旅行(その2)

2日目はオプションで、終日広州観光。

朝食はホテルの26階にて軽く済ませて、ホテルの近隣をぶらっと30分程度散策。なかなか味のある街並みです。9時に現地係員の車でホテルを出発。

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まずは、南越王博物館へ。南越国第2代王文帝の石室墓がこの地で偶然発見され、1,000点以上の埋葬品が発掘されたそうです。その後、この地がそのまま博物館となり、石室や出土品が展示されています。見応えあり。

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続いて、中山紀念堂へ。1931年に辛亥革命の指導者孫文を記念して、広州市民と海外華僑の献金によって建てられた講堂で、1921年に孫文が大統領に就任した官邸跡地にあります。高さ47mの八角形の建物は約5,000人の収容能力を持つ大ホールで、今も映画やコンサートなどが上映されているそうです。

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再び移動して、越秀公園へ。まず、広州の旧シンボルであった五羊石像です(広州の今のシンボルは広州タワーだそうです)。神様が貧しい広東の地にそれぞれ異なる穀物の種をくわえた5匹の羊を遣わし、五穀豊穣の地になったとの言い伝え。この伝説にちなみ、広州は“五羊城”、“羊城”と呼ばれています。

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午前中の最後の見学場所は同じ越秀公園内にある鎮海楼(広州博物館)へ。鎮海楼は1380年に越秀山の頂上に建てられ、博物館としては1929年に創設されています。ここも広州のシンボル的建築物の1つであり、省指定の文化財になっています。

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そして、ようやくランチタイム。『鴻星海鮮酒家』というお店へ。1階が広東料理、2階が飲茶のコーナーになっており、我々は2階へ。お昼時、かなり席が埋まっています。

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料理はおまかせでしたが、量も程良く、美味しく頂きました。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

広州旅行(その1)

12月中旬に二泊三日で中国・広州に行って来ました。

広州市は人口1,300万人超、広東省の省都で、華南地域で最大の都市、中国でも上海、北京に次ぐ第3の都市です。

 

ANAに乗り、羽田空港を9:25に出発。機内食は下記(右は復路の機内食)。

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ビールとワインをちょっと呑み過ぎてしまった。。。そうこうしている内に広州白雲空港にほぼ定時の13:50に到着(日本とは時差1時間)。ホテルまで送迎付きでしたので、まずはホテルでチェックイン。今回宿泊するホテルは地下鉄の海珠広場駅にほぼ隣接した広州賓館 (GUANGZHOU HOTEL)。海珠広場に面している老舗ホテルだそうです。

今回3人の旅行でしたが、送迎のガイドさんに交渉してもらい4人部屋になりました。

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ホテルに荷物を置き、徒歩でまず五仙観へ。明代の洪武10年(1377年)の建立。伝説の五仙人を祭った神廟で、広州市の重点保護文物に指定されています。

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次に、聖心堂へ。1888年の清時代に完成した中国国内で最も高い尖塔を持つカトリック教会。教会内ではミサをやっており、かなり大人数の方が礼拝していました。

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その後は、船に乗って珠江を渡ったり、徒歩で北京路を散策したり。北京路は広州一の繁華街で、様々なお店が軒を連ねています。

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歩き疲れて、初日の夕食はたまたま目に留まった『悦食悦点 酒家』というお店へ。広州の地元産である珠江ビールで乾杯。広州名物であるアヒルの揚げ煮や餃子などを頂き満腹。

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その後は近隣のホテルにあるお店で全身マッサージ。60分で88元(約1,500円)という安さです。疲労も解消し、初日は無事終了。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

プチ観光 小石川植物園

 今回の仕事の合間のプチ観光は、小石川植物園です。小石川植物園は、東京メトロ茗荷谷駅から徒歩15分、都営三田線白玉駅から徒歩10分のところにあります。正式名称は、「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」で、1684年に徳川幕府が設けた「小石川薬園」を起源としています。

 

 江戸時代は、「小石川薬園」内に貧民救済の無料の医療施設である小石川療養所がありました。小石川療養所は、赤ひげ先生で知られる町医師であった小川笙船が目安箱に貧民対策を投函したことから作られることになりました。いまでも療養所で使われていた井戸が残っています。その他、乾薬場跡、甘藷(さつまいも)試作跡などがあります。

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 園内には、「ニュートンのリンゴ」(写真:左下)や「メンデルのブドウ」(写真:右下)の木があります。「ニュートンのリンゴ」の木は、ニュートンが、「万有引力の法則」に気づいたリンゴの木を、接木によって科学に関係の施設に分譲されたものの一つです。「メンデルのブドウ」は、遺伝学の基礎を築いたメンデルが実験に用いたブドウの分株で、ケーニギン修道院から譲り受けたものです。これらの木を見ていると科学への探究心が掻き立てられる気がします。

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 科学に対する日本人の功績としては、精子発見の「イチョウ」(写真:左下)と「ソテツ」(写真:右下)が園内にあります。精子発見の「イチョウ」は、明治29年に平瀬作五郎博士が、この雄の木から採取した若い種子から精子を発見しました。また、精子発見の「ソテツ」は、明治29年に池野誠一郎博士が、裸子植物のソテツに精子が存在することを発見し、園内にあるソテツは、池野博士が研究に用いた現存する株(鹿児島市)の分株です。これらの発見までは、種子植物は全て花粉管が伸長し造卵器に達して受精するものと思われていました。そのため、この精子の発見は、世界の学会に大きな反響を引き起こしました。明治時代は、欧米の大国に追いつくため、教育や研究が盛んに行われており、これらはその成果と思います。

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 また、園内には植物園らしく、日本庭園があり、四季を通じて色々な植物が楽しめます。植物には一つ一つ植物名が記されたラベルがあり、全てを丁寧に見ると優に半日は過ごせそうです。私は、仕事の合間であったので、足早にぐるりと園内を一周しましたが、それでも1時間は要しました。次回は、カメラ片手にゆっくりと回ってみたいと思います。

(観光ビジネス研究会 岡村 善裕)

プチ観光 国分寺駅周辺

 今回の仕事の合間のプチ観光は国分寺駅周辺です。国分寺駅は、東京都多摩地区で新宿から快速で約30分のところにあります。地名の由来は、聖武天皇が741年に仏教による国家鎮護のために建設された武蔵国分寺がこの地にあったことです。

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 その国分寺駅の近くに2つの観光名所があります。

 その1つが駅から20分ぐらいのところにある「お鷹の道」です。「お鷹の道」は、江戸時代に尾張徳川家のお鷹場に指定されたことからその名がつけられました。現在は350メートルを遊歩道として整備されいます。そして、そこにある「真姿の池」をはじめとする湧き水群は、環境庁の「全国名水選百選」に選ばれています。なお、「真姿の池」には、玉造小町という美女が病の平癒を願い全国行脚をした際に、武蔵国分寺で願をかけたところ、「池で身を清めよ」との霊示を受けて快癒したとの言い伝えがあります。「お鷹の道」は現代の民家の間に昔を空間を残した不思議な感じの散歩道になっています。

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 もう1つが、駅から徒歩2分のところにあり、都立文化財9庭園の1つである「殿ヶ谷戸庭園」です。「殿ヶ谷戸庭園」は、貴族院議員の江口定條の別荘「隋♂」を、三菱の創始者岩崎彌太郎の孫の岩崎彦彌太が買い取り、和洋折衷の木造母屋と紅葉亭を建て、芝生地と湧き水及び園地とを結んだ回遊式庭園です。大芝生の洋風庭園は優雅さがあり、それと対照的な純和風の湧水を利用した次郎弁天池は水の動きを楽しめる庭園です。

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2箇所を散策するには、2時間弱を要しますが、国分寺駅付近の観光として、ぜひお勧めしたいところです。

(観光ビジネス研究会 岡村善裕)

マレーシア(ペナン島編)

 大阪府中小企業診断協会のマレーシア海外研修に参加しました。大阪府中小企業診断協会では、毎年海外研修を実施しており今回で10回目となりました。発展を続ける首都クアラルンプールでの日系進出企業の視察や、現地JETRO(ジェトロ:日本貿易振興機構)事務所での最新経済事情の研修、世界遺産の歴史都市ジョージタウンのあるペナン島の探訪などが5日間の主なプログラムになっています。海外研修の内容を、第1回目にクアラルンプール編、第二回目にペナン島編として、2回に分けてレポートします。本稿はペナン島編です。

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 ペナン島は、クアラルンプールから国内線利用で1時間程度のころにあります。観光リゾートで有名なところでもあります。ペナンとはパイナップルに似たピナンの木がペナン島の由来であることを現地ガイドに教わりました。その中心部ジョージタウンは18世紀後半に英国王の名から命名された当時の雰囲気が残る街でもあります。この世界遺産の街はのんびり散策するには適度な大きさといえます。  

 

 

 

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 そこで観光資源でもあるトライショーに乗ってみました。トライとは3輪の意味で、ショーとは日本の人力車の「車」がなまって「ショー」となったと、これまた現地ガイドからの言葉でした。

 トライショーの利用は値段交渉によるとされていて、1時間40RMで利用することができました。低速ながら心地よい風を受け、生活者目線で街並みを観察することができます。車やトラックもトライショーには配慮しているようで、クラクションを鳴らされるような状況はなく、辛抱強く道路を共同利用できていました。そのような楽しい乗り物で、チャイナタウンやインド人街、マレー系住民通りなどを、片言の英語でお互いやりとりしながら進んでいきます。

 

 街なかでは、モスクがあるイスラムの寺院、インド人街にはヒンズー教の寺院、また台湾でみたことのある仏教寺院など、小回りの利くトライショーなら容易に観光することができます。

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 セントジョージタウンと呼ばれているように、セントジョージ・チャーチルにも出会うことができました(写真右)。

 

 ペナン島ジュージタウンは、小さな街ながら、世界遺産と多民族文化を一堂に鑑賞することができる貴重な地域であることを感じることができる街であります。

 

 

 

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 ペナン島のもう一つの顔は、有数のリゾート地であるということです。島の北部の海岸線には、いくつもの高層リゾートホテルやマンションが立ち並んでいます。ビーチでは、マリンスポーツなどの様々なアクティビティが楽しめるようになっており、ハワイのホノルル海岸を彷彿するような感じを受けました。

 

 

 

 

 

 そのようなリゾート地区にも、タイ式の仏教寺院が立派に建造されており、世界で3番目に大きい涅槃像(横になった仏像)が祀られています。

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 なんとも不思議な気分になる、様々な国の光が感じられる観光地であります。次回は、伴侶を同行して、ゆっくりとした時間を過ごしたい気持ちになりました。

 最後に、おすすめのマレー料理を紹介します。スチームボート(中国名は火鍋べ)といわれるものです。日本では寄せ鍋が近い存在になると思います。特製のだし汁に野菜・魚のすり身団子・肉・豆腐などの具材をいれて蓋をします。鍋の中央の煙突状の空洞からスチーム(蒸気)が吹き出せばできあがりです。出来上がりが判りやすいので安心してみんなで鍋をつつきながら地元の食材を堪能できます。

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 国の成長発展も頼もしく、暮らす人々も生き生きとしているマレーシア。また訪れたい国のひとつとなりました。

(観光ビジネス研究会 福嶋康徳)

マレーシア(クアラルンプール編)

  大阪府中小企業診断協会のマレーシア海外研修に参加しました。大阪府中小企業診断協会では、毎年海外研修を実施しており今回で10回目となりました。発展を続ける首都クアラルンプールでの日系進出企業の視察や、現地JETRO(ジェトロ:日本貿易振興機構)事務所での最新経済事情の研修、世界遺産の歴史都市ジョージタウンのあるペナン島の探訪などが5日間の主なプログラムになっています。海外研修の内容を、第1回目にクアラルンプール編、第二回目にペナン島編として、2回に分けてレポートします。本稿はクアラルンプール編です。

 

1.マレーシアの概要

  マレー半島と、南シナ海をはさんでボルネオ島北部にまたがるマレーシアは、日本の国土の約9割の大きさで、その6割を熱帯雨林が占めます。常夏の国には大都会もあれば、自然豊かな国立公園や美しいビーチもあり、マレー系、中国系、インド系などの様々な民族、様々な宗教が同居していて、様々な暮らしぶり、独自の文化に出会うことのできる不思議なお国柄を感じる国です。また、麻薬を所持するような事案にはかなり厳しい刑罰を科したり、「マレー系民族にあたる土地の子(ブミストラ)政策」を打ち出すなど、安全面での厳しい姿勢や劣位に立たされていたマレー系の民族の底上げで民族間の均衡を保つなど、優れた社会的マネジメントを実現している素晴らし国であります。さらに、1981年には平民首相として就任したマハティール氏の日本を見習え(ルック・イースト)政策もあり、太平洋戦争時の日本の占領意識を超えての親日の国でもあります。

 

2.クアラルンプール市内

 クアラルンプールとは、2つの川が合流し濁っている状態を表すことばです。確かに2つの川が合流している地域がクアラルンプールの都心でありますが、今では近代的な街に生まれ変わっています。コミューター(近郊鉄道)、LRT、モノレール、国鉄など、日本の大阪規模の公共交通網が整備されています。ターミナルにあたるセントラル駅では、東京の品川駅並みの規模の交通結節拠点になっていて、国際空港への手荷物チェックインカウンターもあります。

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  街を見晴らす場所にはパイナップルをモチーフにしたKLタワーと呼ばれている高さ421mの通信塔が建設されており、東京スカイツリーの第一展望台よりも高い、高さ276mの展望台があります。

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  展望台では360度のパノラマ風景を鑑賞することができる圧巻の場所です。特に、夜景は世界の大都会を思わせる場所で、クアラルンプールのもう一つの顔になっているペトロナスツインタワーと同じ目線で街を見下ろせる場所になります。展望台には100RM(RMはマレーシアの通貨でリンギと呼び1RMが28円の相場です)のチケット購入で入ることのできるオープンエア―空間です。ちなみに、ペトロナスツインタワーのペトロナスとは「石油」を意味し、マレーシアで採掘される石油資源により建設された近代化の象徴的なビルでもあります。

  JETRO事務所を出たところでペトロナスツインタワーの方角を見る(写真下)と、手前には更に高層ビルが建設されようとしていますが、将来の金融センターをつくろうとする動きであるとのことです。来年には、マレーシアで初めての地下鉄が開通する予定であることも聞きました。マレーシアは過去の英国統治時代からの風潮を受けて継いでインフラ整備が他の東南アジア地域より進んでいるといわれています。ここ最近の世界的な石油安から、景気は減退傾向にありますが、今後もマレーシアの成長発展から目を離すことができないと思われます。現地の日系人に尋ねると、20年前とは大きく様変わりしたという言葉が返ってきました。

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 クアラルンプールにおいて、日系進出企業を2社視察しました。そのうち金属熱処理の独自技術を現地で展開している中小企業では、現地人がマネジメントのトップに位置付けられており、日本人マネジャーはトップマネジメントである現地人を側面支援する経営体制をひいているとの説明がありました。現地人のトップマネジメントの方針には、「挨拶が大切」、「ハートを一つにする」が掲げられており、民族を超えて優秀な人材を重用できる風土ができていることに感心しました。昨年に訪問したフィリピンでの、オペレーションは現地人に任せ経営は日本人が掌握する役割分担とは、また違った経営スタイルがマレーシアでは実現できています。先ほど、マレーシアは多民族が調和した国柄と言いましたが、聖なる「牛」を敬うために牛肉を食べることができないヒンズー教徒のインド系現地人と、ハラル食材と呼ばれ「豚」を食べることのできないイスラム教徒のマレー系現地人とが会食する際は、チキンを主食にするとのことです。そのように考えると、ホテルでの朝食バイキングに出されているソーセージは全てチキンソーセージであることが理解できました。多様な民族を受け入れるホテルでのマーケティングにも調和のための工夫がなされていることがうなずけます。

 (観光ビジネス研究会 福嶋康徳)

台湾旅行(その3)

旅行最終日。朝食をホテルで軽く済ませ、送迎バスが到着する夕刻までホテルで荷物を預かってもらい外出。

3日目はホテル近辺を観光。まず、MRTで圓山駅まで移動し、学問の神様を祀る孔子廟へ。しかし、月曜日は残念ながら定休日。事前準備不足!続いて、その隣にある保安宮へ。ここは医学の神様の廟です。

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次に行天宮へ。ここは三国志の関羽を祀る廟です。関羽なので商売の神様。多くの人が訪れています。

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午前中の最後は國父紀念館。建国の父、孫文の生誕100年を記念し、中山公園内に1972年に建てられました。孫文像の前にも衛兵がいました。ここでも交代式は見れず。

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お昼前に台北の同僚と合流して、おすすめの店で昼飯。最初は「小上海」。今回の旅行で初小籠包。地元客で混雑しています。続いて「茶湯会」で買ったタピオカミルクティーを呑みながら、「微熱山丘(Sunny hills)」でパイナップルケーキの試食。甘い飲み物があまり好きではない私ですが、このタピオカミルクティーはとても美味しかったです(なかなかぬるくならない)。パイナップルケーキもこちらのお店のものはしっとりした美味しさでした。

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夕刻、ホテルから台北松山空港へ。ちょっと出発が遅れたチャイナエアラインで羽田空港へ。帰宅は0時過ぎ。2泊3日の旅行を最大限台北で過ごし、非常に充実した旅。

今回は台北だけでしたが、台中、台南も見どころがいろいろあるようですので、また機会があれば台湾に行ってみようと思います。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

 

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Q1.台北市内はいろいろ散策したようだけど、他に行きたかったところはあるの?

A1.台北101展望台ですね。台湾最高層ビルで、高さ508m、地上101階で台北のランドマークです。高さ390m、地上91階には屋外展望台もあるそうです。

14900316_883532765081414_6196227601904084235_n.jpg ←写真だけ撮りました。

 

Q2.台北近郊で日帰りできる見どころある街はあるの?

A2.「北投」は台湾最大の温泉郷です。日本統治時代に保養地として整備されたそうです。また、「烏来」は台湾の先住民タイヤル族が多く住む原生林に囲まれた山間の温泉郷です。他には、「鶯歌」は台湾最大の陶磁器の街で、約200軒もの窯元や工房があるとのこと。また、「淡水」は美しい夕陽と異国情緒に魅了される台湾のヴェニスと称賛されています。

台湾旅行(その2)

二日目。朝食はホテルにて。メニューはそこまで豊富ではないですが、朝が重いと後で食べれなくなるので、この程度にしておきましょう。

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朝から観光に特化。昨日は徒歩中心で疲れたので、この日はMRT(地下鉄)とバスを出来るだけ活用しました。まずは、MRTで龍山寺へ。

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台湾で最も有名な寺院の一つで、清代に創建され、現在の建物は1920年に重建されたときに福建省から名匠を招いて造らせたもの。信仰厚い現地の方々が多く集っています。

 

続いて、中正紀念堂。台湾を治めた中国国民党政府の蒋介石総統を記念して造られた巨大なモニュメント。歴史とスケールの大きさに圧倒されます。蒋介石の座像の前で警護している衛兵は微動だにしません。衛兵の交代式は時間がなくて見れず。

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MRTを乗り継ぎ、板南線の永寧駅で下車。今回の旅で初のバス移動となります。30分弱乗って、訪れたのは三峡老街。日本統治時代の面影を残す人口11万人程度の小さな街です。

まず訪れたのが、清水祖師廟。250年近い歴史を誇る三峡のシンボル。

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丁度お昼時になったので、清水祖師廟の前にある「長福飲食店」というお店で。注文で手違い(当然店員に)があったものの、まあ美味しく頂きました。

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再びバス、MRT、そしてバスを乗り継ぎ、夕方故宮博物院へ。通常は入館料250元ですが、16時半以降は150元とお得。受付で教えてもらいました。台湾の人、親切!

故宮博物院は紀元前2000年から19世紀の清まで中国大陸の歴代皇帝が受け継いできた無数のコレクション(約60万点の収蔵品あり)が一堂に会する場所です。有名な白菜(翠玉白菜)と豚の角煮(肉形石)の内、角煮は他の博物館に貸し出されているそうで、白菜のみ展示。

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夕刻は見物客も少なく、一品一品をじっくり見ることが出来、写真も落ち着いて撮ることが出来ました。

 

夕食はホテルから徒歩5分程度のところにある台湾料理店「欣葉 創始店本店」。台北にいる同僚に事前に予約してもらってました。今回の旅行でとにかく食べたかったワタリガニの台湾式おこわ。期待をはるかに超える逸品でした。シジミのニンニク醤油漬けも台湾ビールによく合います。

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この後は昨日も訪問したマッサージ店で90分の全身マッサージ(150元)。最後の夜を満喫しました。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

台湾旅行(その1)

先日、台湾へ初めて旅行して来ました。訪問先は台北中心。

朝7:20のフライト。羽田空港からチャイナエアラインで台北松山空港へ。

往復の機内食は↓(左が往路)。

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時差は1時間。現地時間10:15に到着。沖縄の南ですので、やはり暑いです。この日の気温は28℃。直ちに半袖に着替える必要あり。

入国手続の後は両替。20,000円を手数料(30元)引かれてニュー台湾ドル5,800元に。その後、送迎バスでホテルまで(途中、免税店『everrich(昇恒昌)』経由)。今回泊まったホテルは『山水閣大飯店(Green World Chung-Shan)』です。中級クラスですが、受付は日本語が喋れるので、日本人観光客が結構泊まってました。


荷物を預けてまず向かったのが、TV東京で放映されていた「孤独のグルメ」の台湾編で登場した2軒、『永楽坦仔麺』と『原味魯肉飯』。両店とも迪化街・永樂市場の周囲にあります。迪化街は乾物や布、衣類などの問屋や商店が密集しており、街並みは古いながらも活気があります。

まず、『永楽坦仔麺』。鶏肉飯便當(鶏肉飯とおかずの盛り合わせ)。五郎特餐(80元)というメニューになっていました。便當はビールが必須です。

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間髪入れず、『原味魯肉飯』へ。TVで五郎さんが食べていた乾麺(30元)、下水湯(35元)を注文。下水と聞くと日本人としてはちょっと遠慮したいところですが、具材は砂肝です。胃に優しいスープです。

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お腹も落ち着き、徒歩で移動。日本が降伏調印した中山堂を経由して、二二八和平公園へ。1947年に起きた二・二八事件勃発の背景や資料を二二八祈念館で勉強(日本語を喋れるガイドさんから)。

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夕刻はオプショナルツアーの九ふん(にんべんに分)観光。九ふんはかつて金鉱で栄華を極めた山の上にある小さな町ですが、映画の撮影に使われたり、食堂やカフェ、土産物屋などが通り沿いに並んでおり、歩くだけでも楽しくなります。

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九ふんへはバスで往復し、続いて饒河街観光夜市へ。この夜市は台湾で最も古い夜市で、400m程度の一本道に様々な屋台がひしめいています。

夕食は九ふんで軽く食べていたので、ここで頂いたのは胡椒餅(50元)。胡椒で味付けした肉と大量の葱を皮(餅)で包み、窯で焼き上げます。熱々でボリュームもあり。急いで食べると口の中が火傷します。

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これ以外にも数多くの飲食屋台があり、ゆっくり食べ歩きを是非したいところです。

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この後は、この日3万歩以上歩いたので、疲れを取るために足つぼマッサージ(30分/700元)で痛みに耐えました。疲労困憊で、ホテルで夜は爆睡。

二日目に続きます。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

亀有でこち亀

「こちら葛飾区亀有公園前派出所」はご存知の方も非常に多いと思います。亀有公園前派出所に勤務する警察官の両津勘吉を中心とし、キャラが際立った同僚や周辺の人物などが繰り広げるギャグ漫画。

昭和51年から『週刊少年ジャンプ』で連載が始まり、今年9月に連載終了、単行本も同時に200巻を発売し完結となりました。

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私は中学時代に同級生の自宅でこの漫画と遭遇し、警察官志望だったこともあり、完全にはまりました。単行本を100巻程度までは買っていましたが、徐々に内容がマニアックになってきたこともあり(個人的な感想)、その後はしばらくご無沙汰していました。

先般の連載終了を知り、近々亀有に行こうと思ってましたが、丁度機会もあり、亀有へ。

亀有駅で「両さん銅像めぐりマップ」を入手して、駅の南口で両さん、中川、麗子の3人がカラー銅像でいきなりお出迎え。

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駅の逆側、北口にも両さんの銅像があり、続いて麗子像も。

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亀有北口商店会を通って右折すると間もなく現れる亀有公園ではひとやすみ両さん像とダブルピース両さん像。なお、亀有公園前派出所はありません。

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再び南口に戻り、アリオ亀有3階にある「こち亀ゲームぱーく」へ。ショッピングモールの中のゲームセンターですが、派出所を再現するなどかなり凝ってます。

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ゆうろーど(亀有銀座商店街)を通って亀有駅方面へ。途中少年両さん像あり。また、『葛飾伊勢屋』で両さんどら焼きをゲット。

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 下町風情溢れる亀有。のんびり歩いて散策するには格好の街でした。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

 

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Q1.亀有で何か食べたの?

A1.ゆうろーど仲町の途中にある『亀有メンチ』で亀有牛メンチカツライスを頂きました。肉汁溢れるジューシーさ。ついビールが欲しくなります。ソースが4種類用意されていて、味付けもバリエーション豊富です。

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Q2.葛飾区で他に名所はあるの?

A2.いろいろありますが、やはり一番有名なのは寅さんの柴又帝釈天(題経寺)でしょう。葛飾柴又寅さん記念館やフーテンの寅像などもあります。ちなみに11月26日・27日に柴又で「寅さんサミット2016」というイベントが開催されます。仮装イベントや寅さんメニュー復活、ロケ地の物産販売などが行われるようです。

日本100名城巡り(山中城跡・小田原城)

朝からゆっくり温泉に入り、朝食。旅館の朝食は何故か食べ過ぎてしまいます。

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さて、この日に巡った日本100名城は山中城跡と小田原城です。いずれも豊臣秀吉に滅ぼされた後北条氏の城。

まずは旅館から若干西に車で移動し、静岡県に入った三島市にある山城の山中城跡に訪問しました。

山中城は1560年代に小田原に本城を置いた北条氏が築城しましたが、秀吉の小田原攻めにより、1590年(天正18年)にわずか半日で落城したと言われています。

現在は、発掘調査に基づいて約400年前の遺構が復元整備されており、石垣のない土造りの城で、障子のさんのように見える障子堀や畝堀が非常に特徴です。

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駐車場から三ノ丸堀→西ノ丸→西櫓→二ノ丸→本丸をぐるっと廻りましたが、若干のアップダウンがあり、約1時間のハイキングコースといった感じでした。

 

続いて小田原城へ。ちなみに今回で3回目の訪問。以前は100名城スタンプラリーをしていなかったので、今回は単純にスタンプ稼ぎのため。但し、小田原城の天守閣は今年5月1日に耐震改修工事・展示リニューアルを終えて、新しい姿を披露しています。

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小田原城は15世紀中頃に大森氏が築いた城を前身とし、北条早雲に始まる後北条氏の本拠となって以降、関東支配の拠点として整備されました。後年城主となった稲葉氏が大規模に改修し、現在見られるような近世城郭に生まれ変わりました。現在の天守閣は1960年(昭和35年)に鉄筋コンクリート造りで復興されたものです。

小田原城址公園では、梅まつり、桜まつり、北條五大祭り、あじさい花菖蒲まつり、ちょうちん夏まつりなど一年を通して各種のイベントがあり、季節によって様々な表情を提供してくれます。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

 

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Q1.北条氏の城でこれ以外に有名なものはあるの?

A1.100名城であれば、埼玉県寄居町の鉢形城、八王子市の八王子城が挙げられます。他には、「のぼうの城」でも有名な忍城(埼玉県行田市)、静岡県伊豆の国市の韮山城、群馬県安中市の松井田城などがあります。

 

Q2.小田原城の門にはどういうものがあるの?

A2.本丸の正門にあたるのが、常盤木門です。昭和46年に復興されました。

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 続いて、二の丸の正門にあたる銅門(あかがねもん)は平成9年に復元されました。

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   他には、平成21年に復元された馬出門があります。

箱根周遊

9月第2週の週末に一泊で湯河原温泉に行って来ました。素晴らしい温泉宿だったので、温泉に浸かるなどして館内でのんびりくつろいだのですが、その前後はしっかり観光地を巡って来ました。今回の観光レポートはその前編です。

 

土曜日の朝、自宅を出発。最初の目的地は大涌谷。

大涌谷は昨年6月の火山活動の活発化に伴い立ち入り禁止になっていましたが、、今年7月26日から規制が解除されることになり、箱根ロープウェイも全線の運行再開の運びとなりました。今夏の箱根の観光客数は噴火前の水準に戻っているそうで、大涌谷はかなり賑やかでした。

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大涌谷は約3000年前に箱根火山最後の水蒸気爆発を起こした爆裂火口です。かつては地獄谷などと呼ばれていたものの、明治天皇が箱根静養に行くに際し、地獄という名前が問題であるということで、大涌谷に名前が変わったそうです。

ここで頂いたのは、当然黒たまご。5個入り500円です。

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大涌谷を後にして、ランチタイム。

芦ノ湖畔の箱根神社一ノ通鳥居前にある「深生そば」でせいろを頂きました。

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昼食後、箱根駅伝ミュージアムへ。

この芦ノ湖畔は箱根駅伝の往路ゴール、復路スタート地点としても知られています。

館内は、箱根駅伝の歴史や記録、過去の名勝負を上映しているミュージアムシアター、ユニフォームの展示など箱根駅伝ファンには楽しめる内容になっています。

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そして、15時過ぎに旅館へ。

湯河原温泉は古くは万葉集にも詠まれた秘湯の趣を持つ温泉場。関東でもっとも古い温泉の一つで「傷の湯」と言われ、外傷に効く湯として知られています。

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夕食は旅館で美味しい料理とお酒を頂き、翌日の城巡りに備えて、早めに就寝。

 

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

 

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Q1.黒たまごはどうやって作られるの?

A1.生卵を温泉池でゆでると、気孔の多い玉子の殻に温泉池の成分である鉄分が付着します。これに地熱と火山ガスの化学反応によって生じた硫化水素が反応して黒色の硫化鉄となり、黒い殻のゆで玉子ができあがるそうです。

プチ観光 日比谷公園

 省庁がある霞が関に隣接する日比谷公園は、明治36年に日本で最初の洋式公園として開園されました。東京ドーム約3.5個分の緑豊かな広い公園で、天気の良い日は、お昼にはサラリーマンやOLの多くの方がお弁当を食べています。緑と水の豊かな公園で、噴水の音や小鳥のさえずりなどを聞きながら大都会の真ん中で、ゆっくりとリフレッシュできます。

 日比谷公園の施設としては、日比谷公会堂、大音楽堂、小音楽堂、陳列場、日比谷図書文化館、テニスコート、児童遊園、軽飲食店、緑と水の市民カレッジがあります。

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 この中でも、大音楽堂(日比谷野外大音楽堂)は、ロックファンにとっては、武道館よりも、東京ドームよりも感慨深いもので、「日比谷の野音」は数々の伝説的ステージ(キャロルの解散コンサート、THE MODSの豪雨の野音、RCサクセションなど)の舞台となっています。 

 また、ホセ・リサール像、ルーン石碑に模した「古代スカンジナビア碑」、南極の石など各種の記念碑・物が解説板とともに公園内にあるので、博物館のように公園内を散策しながらこれらを楽しむことができます。

 日比谷公園の心字池付近は、伊達政宗の江戸屋敷だったと伝えられています。そして、この江戸屋敷には、徳川家康や家光が訪れ、政宗のもてなしを受けたことが記録されています。また、政宗は1636年5月に、ここで70年の生涯を閉じたようです。歴史に名を残している人物と遭遇すると今と昔を行き来したような感じを楽しめます。

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 アクセスの良い公園なので、ちょっとした合間に行ってみてはいかがでしょうか?

(観光ビジネス研究会 岡村善裕)

台湾(台北)

 親日の国、台湾に2泊3日で社会人同期仲間と台北を中心に観光をしました。観光時期は2016年8月のお盆が過ぎた暑い盛りです。自宅近くの神戸三宮から関西国際空港に向かうリムジンバスは補助椅子もすべて使用するほどの混雑の様子でした。また、関西国際空港も海外の各地に向かうお客様で混雑し、台湾に向かう中華航空CI0159便も満席状態でした。2016年7月期のインバウンド旅客が大幅に前年を上回ったとのニュースが流れていましたし、為替レートが100円近くまで円高傾向になりましたので、短期的には出国・入国とも観光移動需要が伸びていることを実感じました。

 

 台湾の基本情報を押さえておきましょう。面積は九州とほぼ同じ3万6千平米、人口は日本の5分の1の2,300万人、日本との時差は1時間となっています。サマータイムもなく時差ぼけなどは感じることなく過ごせる訪問地といえます。亜熱帯気候を感じますが日本(大阪)の夏とさほど変わらないと思います。

 

 信義イーストというところには、台北の街を一望できる台北101があり、観光客のメインルートになっています。91階建ての高層ビルなのです。建設当時は世界一だとかとの話でした。最高点は508mありますので、東京スカイツリーの634mと比べても今でも世界有数のノッポビルといえるでしょう。89階の展望ロビーから写真撮影をしていましたら、自分のいるビル影が緑の山肌に写しこまれていましたので、このビルの規模を客観的に見つけることができました。

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 次に移動しましたのは、建国の父と言われている蒋介石さんが鎮座している中世記念堂です。ここは台湾の国威を感じるところです。国営公園のような大きな敷地には、国家大劇院も立地しており、日本から宝塚歌劇団が台湾初公演をした場所であることを聞いていましたから、ずいぶん立派な劇場で公演できたことを関係者として喜びました。

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 台湾は親日の国です。日本と通じる仏教感や戦争で占拠しても学校づくりなどを現地でおこなったことからでしょうか、日本語を片言で話してくれるおばあちゃんの存在が、とても海外とは思えない印象を受けるのです。街中でも、ものものしい警察官を見ることが少なく日本と同じかそれ以上の安全・安心感が伝わります。入国時に生体指紋記録をとられたことからすると、水際で国を守る安全への意識を感じました。

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(観光ビジネス研究会 福嶋康徳)

プチ観光 浅草寺

 年間約3,000万人もの参拝者が訪れる浅草寺を仕事の合間のプチ観光をしました。

 ちなみに、浅草寺は、西暦628年に創建された都内最古の寺院です。その始まりは、宮戸川(隅田川)で漁をしていたある桧前浜成・竹成兄弟の網に仏像がかかり、漁師兄弟の主人である土師中知(はじのなかとも)がこの像を拝して出家して、浅草寺ができたと伝えられています。

 

 浅草駅を出て、まず目に入るのは、雷門です。「雷門」の提灯には圧倒され、浅草寺に来た実感がわきます。そしては、欧米人、アジア人を含めて大勢の観光客が写真撮影を行って、一番の記念です。ところで、雷門は、慶応元年に田原町大火で炎上して焼失した後、松下電器創始者「松下幸之助」氏が寄進して復興再建されたとのことです。経営の神様は、ここでも存在感があります。

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 雷門と宝蔵門前まで約250メートルの参道は、その両側に江戸趣味小物やみやげ物を売る店が90軒近く並ぶ有名な仲見世です。本当に賑やかな参道です。

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宝蔵門には、大きなわらじ(左右にそれぞれ、「男わらじ」と「女わらじ」)があります。10年に1度800人が1ヶ月かけて編み上げたわらじを奉納するものです。そのわらじは、仁王さまのサイズで、飾る事により魔物が恐れおののき去っていくよです。

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 そのあと手水舎で手と口を清め、本堂でお参りです。そして、浅草寺の境内にある大仏、影向堂、薬師堂、六角堂などをぐるりと一回りです。

 

 浅草寺を出てからも、浅草花やしき、浅草演芸ホール、浅草木馬館大衆劇場、スターの手型(浅草公会堂玄関前)など楽しめるスポットは盛りだくさんあります。

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(観光ビジネス研究会 岡村善裕)

 

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Q1.なぜ「あさくさでら」とは呼ばないで「せんそうじ」と呼ぶの?

A1.「お寺は音読み、神社は訓読み」となっているからなんです。だから、お寺である浅草寺は音読みになります。ちなみに、近くに浅草神社(あさくさじんじゃ)もあります。そこは、浅草寺のご本尊を感得した土師中知、桧前浜成、竹成兄弟の三人が祀られています。

 

Q2.浅草寺に「鳩ポッポの歌碑」があるの?

A2.はいそうです。滝廉太郎(作曲)、東くめ(作詞)の「鳩ポッポの歌碑」があります。作詞家の東くめさんが、浅草寺の境内で鳩と戯れている子供たちをみてこの歌詞を書いたそうです。

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日本100名城(鉢形城)

職場が東京復帰後約6ヶ月。ようやく生活も落ち着いてきましたので、久々にお城メインの探訪。

今回は埼玉県寄居町にある鉢形城に行って来ました。

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池袋から東武東上線に乗り約1時間半で寄居駅へ。そこから徒歩15分程度で、鉢形城公園に到着。

鉢形城は戦国期の平山城です。1476年(文明8年)関東管領だった山内上杉氏の家臣長尾景春が築城したと伝えられています。その後、小田原の北条氏康の四男氏邦が土塁や曲輪、堀などを築き、整備拡充されました。1580年(天正18年)の秀吉の小田原攻めの際に、後北条氏の重要な支城として、前田利家・上杉景勝ら大軍に包囲され1ヶ月あまりに及ぶ籠城の後、開城となりました。

現在は、平成16年に曲輪の一部や堀、土塁などを発掘調査の成果を基に復元整備しており、公園内にある鉢形城歴史館で城の歴史や構造を学習することが出来ます。

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城巡りの後は、ご当地グルメです。

平成27年の第12回埼玉県B級ご当地グルメ王決定戦で準優勝したのが寄居町の戦国ハーぶ〜丼です。戦国ハーぶ〜丼は、寄居町の特産品エキナセアとかつて養豚文化で栄えた寄居町産の豚肉を使ったB級グルメのこと。エキナセアとは北米原産のキク科の植物で、免疫効果が非常に高く、欧米で広く流通しているハーブです。戦国ハーぶ〜丼マップに掲載されている提供店は12店舗。

この中から駅近で営業していた『山崎屋』で頂きました。

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炭火で炙った豚肉(ロース?)にエキナセアを加えた特製の塩だれを絡めた丼。エキナセアの味はよく判りませんが、丼自体はちょっと小さいながらも美味しかったです。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

ふるさと納税

「ふるさと納税」は2014年あたりから自治体の返礼品が充実して、知名度が上がったことから大きく寄付金額が増え始め、2015年度は地方創生の一環として4月からの税制改正により2014年度の4.3倍の約1,653億円となりました。また、寄付件数も2015年度は前年度比3.8倍の726万件にのぼりました。

 

ご存知の方は多いかと思いますが、「ふるさと納税」とは、地方自治体に2,000円以上寄付をすると、税金の使い道(例えば、子育て支援、文化財保護、医療福祉、環境保全など)を指定するという社会貢献ができ、寄付した合計金額から2,000円を引いた金額が翌年所得税控除額として還付、あるいは住民税が控除され、さらには各自治体が選んだ肉や魚介類、お米、果物、野菜、その他加工品などさまざまな特産品をもらえるお得な制度です(年収、寄付金額、家族構成、その他の控除額等によって、自己負担額や税の軽減額は変動します)。

 

一方で、返礼品の充実を図ることで他の自治体との寄付金獲得競争が激化し、金券や家電など資産価値の高い返礼品が目立つようになったことから、地域活性化につながる制度の趣旨に反しているとして総務省は自粛を求める通知を出しました。総務省の調べでは、寄付金額の4割が返礼品の費用に使われており、中には返礼品の費用が7割を超す自治体もあり、地元のPRにつながる半面、地域活性化の活用できる金額は期待するほど伸びないという状況に陥っています。

 

また、寄付金が急増したことにより、住民にとって有効な使い道を決めきれていない自治体も少なくありません。

 

知名度が上がったことで、制度のゆがみが見受けられるようになってきた「ふるさと納税」。

国、地方自治体、そして何より寄付を行う納税者、それぞれにとってプラスになる息の長い制度であってほしいと願います。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

 

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Q1.寄付金額の多い人気の市町村はどこ?

A1.2015年度の上位5位は以下の通りです。

 1位 宮崎県都城市 42.3億円

 2位 静岡県焼津市 38.2億円

 3位 山形県天童市 32.2億円

 4位 鹿児島県大崎町 27.2億円

 5位 岡山県備前市 27.2億円

 

Q2.具体的にどんな返礼品が送られてくるの?

A2.私が寄付した自治体から頂いた返礼品の一部を掲載しますね。

 宮崎県綾町の「綾ぶどう豚食べ尽くしセット」

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 福岡県田川市の「田川ホルモン鍋セット」(野菜も付いてます)

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 佐賀県玄海町の「真鯛昆布〆炙り&真鯛炙りの味比べセット」

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 茨城県境町の「道の駅おすすめフルーツセット」

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山梨旅行

このGWの前半、1泊2日で家族で山梨に行って来ました。

8時に自宅を出発。途中でそこそこ渋滞に遭遇しましたが、どうにか11時半前に最初の目的地である「マンズワイン勝沼ワイナリー」に到着。

山梨は2013年に日本で初めてワイン産地として国から認定を受けました。その中でも、ぶどうとワインの里といわれる甲州市勝沼町。この施設では事前予約なしで資料展示室や地下セラーが見学出来ます。その後、ワイン売り場へ。運転をしているので残念ながら試飲は出来ませんが、美味しそうなワインを数本購入。

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昼食は併設されているバーベキューハウス『万寿園』で頂きました。

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観光バスで団体客が続々やって来るかなり大規模なお店です。

 

お腹が満たされて、勝沼ICを出発し、続いて長野県の手前、小淵沢へ。「八ヶ岳リゾートアウトレット」、「道の駅こぶちざわ」を経由して、一般道で甲府市に東上。

今回の宿泊場所は「アパホテル甲府南」。家族4人ですので、ツイン×2室。ホテルから繁華街の甲府駅近隣までは結構離れているので、駅までタクシーで移動して夕食を食べる予定でしたが、ホテルの1階にある『DiningRestaurant LEON』でほうとうや鶏もつ煮などの山梨地元料理も食べれるようでしたので、外に出ず夕食。満足できる内容でした。

 

翌日はまずホテルで朝食。夕食に続いて、アタリの内容。

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大浴場もあり、ホテル全体の満足度は◎でした。

 

ホテルを出発し、笛吹市にある「桔梗信玄餅工場テーマパーク」へ。山梨を代表するお菓子である桔梗信玄餅を製造する桔梗屋の本社工場です。朝9時開場で、9時10分頃に着いたにもかかわらず、駐車場は既に臨時駐車場に停める状況。定価の3〜5割引のアウトレットショップや信玄餅の詰め放題など目玉があり、観光客よりは地元客が大挙して押し寄せている印象です(工場見学は観光客が当然多かったですが)。

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続いて、甲府市に戻り、いちご狩り。30分食べ放題で一人1,300円でした。時季によって金額が変わるとのことで、シーズンも終わりに近付いているのでピークよりは安くなっています。ただ、思ったほどは食べれず(元は全く取れていません)。

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次は、戦国の雄、武田氏三代の居館躑躅ヶア館跡(武田氏館跡)に鎮座している武田神社へ。宝物殿で100名城スタンプをゲット。境内地は昭和13年に国指定史跡に指定されています。

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前日から食べ続けでお腹も減っておらず、遅めの昼食は自宅へ移動中の談合坂SAで、けんちんほうとう(500円)を軽く食べて帰りました。

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三連休の中日ということで、渋滞もほとんどなく、運転自体は2時間ちょっとの快適な旅でした。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

 

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Q1.山梨に100名城は武田氏館だけなの?

A1.甲府城があります。秀吉の命で築城が開始され、関ヶ原の戦い以降は徳川家康の重要拠点の城とされました。天守は作られていません。以前訪問しているので、今回はスルーしました。

 

Q2.山梨はフルーツ王国と言われるけど、生産量日本一は何があるの?

A2.ワインの原材料でもあるぶどうは全国の約1/4を占めます。他には、ぶどう以上の占有率である桃やスモモがあります。果物ではないですが、実は日照時間も山梨県は日本一です。この日照時間がフルーツ王国を作り上げているのでしょう。

上海再訪

ちょっと前の話になりますが、上海再訪のレポートです。

1回目は出張、2回目は旅行、そして今回の3回目も旅行です。

 

金曜の朝、関空に行く南海電車が強風で電車が止まり、バスに乗り替えしてどうにか空港到着。

前回同様ANAで上海浦東空港に到着。送迎付きなので、まずはホテルへ送ってもらえるのですが、向かう途中PM2.5のせいでしょうか、霧のように市内は視界不良です。今回は中山公園駅の至近にある「ニューワールドホテル上海(上海巴黎春天新世界酒店)」に泊まりました。

 

まずは、ホテルで日本人の知人と合流。一年の1/3は上海で仕事をしている人で、中国人並みに詳しいので、上海市内に残る一番近い水郷の七宝(チーバオ)に地下鉄で連れて行ってもらいました。

1000年以上の歴史を持つ水郷古鎮。雰囲気があります。

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続いて、繁華街から少し離れた歴史のある寺、七宝教寺へ。七重の塔は階段で最上階まで登れます。

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知人と別れてホテルに一旦戻り、改めて地下鉄で人民広場駅へ。

 

上海で勤務している同僚3名と合流。『海底火鍋』で火鍋を頂きました。店内は事前に予約していないと当分入れない人気店のようです。

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本場の火鍋、辛さに汗が止まりません。結局、その後も飲み続け、ホテルに戻ったのが0時過ぎ。

 

2日目は早朝から地下鉄で移動し、上海駅で同僚と待ち合わせ。

高速鉄道で1時間弱。無錫駅に到着。今回の旅行の最大のイベントはこの無錫にある「三国城」観光です。無錫は、呉時代に錫の産地として知られていましたが、漢の時代にその鉱脈が尽きたことから名前が付いたそうです。

 

駅からタクシーを使って30分程度で到着。三国城は、映画『三国志』の撮影に使われた中国中央テレビ局のドラマ撮影所で、古代の景観を再現したテーマパークとして公開されています。

入口から三国志時代の気分にさせるセットがあり、10時からは騎馬戦の実演。劉備、関羽、張飛が、呂布の陣地へ攻め入るシーンを再現します。

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その後も、赤壁の戦いをミニチュアで再現(迫力ない)、呉の軍用船を模した遊覧船での太湖めぐり、その他三国志の有名シーンが各所に散りばめられています。隣接して、中国四大奇書の一つ、水滸伝を再現「水滸城」というテーマパークも見物できます。夕方まで一日楽しめました。

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高速鉄道で上海に戻り、夕食は麺と餃子を食べたかったので、魚・肉・野菜類からヌードル・ご飯もの・鍋までなんと100種類以上のメニューがある台湾料理のお店『鹿港小鎮』で頂きました。

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3日目は朝のんびり。この旅行で初の単独行動。

地下鉄で移動して静安寺参拝。三国時代の247年に建立されたという真言宗の名刹です。

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その後は豫園に移動して、土産物を購入。

昼食は、再び上海の同僚と合流して、湖南料理。前日の夜のお店で仕入れた情報で、あの四川料理より辛いと言われるとのこと。『久久滴水洞』というお店訪問。欧米人や日本人も結構行くお店だそうです。とは言いながら、激辛料理はほとんど食べず、名物のスペアリブなどを頂きました。

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三国城以外はとにかく食べ続けた上海旅行でした。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

 

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Q1.上海の地下鉄はどうだった?

A1.現在14路線が運行しており、市内を移動するには極めて便利です。切符は購入せずに、今回は交通カードというチャージ式のカードを利用しました。車内は結構混んでますが、意外と整然としています。ただ、乗降車の際に降りる人優先という考えはないようです。

 

Q2.結構アルコールを呑んだみたいだけど、何を呑んだの?

A2.基本的にビールです。他には度数の高い白酒など。ところで、ビールを注文する際は「冷たいビール」と言わないと、常温のビールが出されます。元来、中国では飲み物を冷やす習慣がなく、体(胃腸)を冷やすことは体に悪いと考えられているからです。

プチ観光芝公園(東京都港区)

 今回も仕事の合間のプチ観光です。JR浜松町駅の近くの芝公園(都立芝公園と港区立芝公園の総称)は、増上寺まわりにある環状の公園で、明治6年の太政官布達によって、上野、浅草、深川、飛鳥山と共に指定された日本で最初の公園です。園内には、また、クスノキ、ケヤキ、イチョウなどの大木がところどころにあり、丸山古墳の上や麓には約200本余りの桜、古墳の麓には約70本の梅林があります。

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 今回は、芝公園のうち都営地下鉄三田線芝公園駅を出た梅園から丸山古墳を目的地の途中にあったので、iPhone片手に足早の寄り道観光です。

 梅園はこれらの2月から3月にかけてが、見所のようです。今回はまだ満開まで先が長いようです。

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 梅園の横に丸山古墳があります。この古墳(東京都指定史跡)は、前方後円墳で、都内では最大級の規模です。芝公園自体が台地上にあり、古墳はさらに高く土が盛られています。

 そこには、伊能忠敬測地遺功表があります。伊能忠敬の測量の起点となったのが、芝公園近くの高輪の大木戸であったことから、そこに遺功表を建てました。

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 さらに、大野伴睦句碑もあります。元自由民主党副総裁であった大野伴睦氏の功績をたたえるため建立されたもので、碑文には 「鐘がなる春のあけぼのヽ増上寺」の句が刻まれています。

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 (観光ビジネス研究会 岡村 善裕)

 

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Q1.増上寺ってどんなお寺なの?

A1.増上寺は、浄土宗の七大本山の一つで、酉誉聖聰(ゆうよしょうそう)上人によって、江戸貝塚(現在の千代田区平河町付近)の地に、浄土宗正統根本念仏道場として創建されました。

現在の場所には、江戸城の拡張の慶長3年(1598年)の時、家康によって現在地の芝へ移されました。風水学的には、寛永寺を江戸の鬼門である上野に配し、裏鬼門の芝の抑えに増上寺を移したものと考えられています。そして、徳川家の菩提寺となり、悠久の歴史が凝縮されている境内で、コ川将軍家墓所があります。大殿地下1階にはコ川二代目将軍秀忠公の御靈屋(おたまや)「台徳院殿霊廟模型」を中心とした宝物展示室があります。

 

Q2.伊能忠敬って日本地図を作った人だよね?

A2.そうです。伊能忠敬らが、1800年の蝦夷地測量から17年がかりで集めた全国の測量データを用いて、忠敬の死から3年後の1821年7月10日に、江戸城大広間で幕府上層部が見守る中、子孫や弟子たちの手で日本最初の実測地図「大日本沿海輿地全図」が広げられた。弟子たちは“この地図は伊能忠敬が作ったもの”と世間に伝える為に、その死を伏せて地図を完成させました。

 第一次測量(1800年)〜蝦夷地太平洋岸

 第二次測量(1801年)〜伊豆・東日本太平洋側

 第三次測量(1802年)〜東北日本海側

 第四次測量(1803年)〜東海・北陸地方

 第五次測量(1805年−1806年)〜近畿・中国地方

 第六次測量(1808年)〜四国

 第七次測量(1809年−1811年)〜九州前半

 第八次測量(1811年−1814年)〜九州後半

 

Q3.大野伴睦って?

A3.大野 伴睦(おおの ばんぼく)は、大正から昭和にかけての政治家で、衆議院議長、国務大臣北海道開発庁長官、日本自由党幹事長、自民党副総裁を務めた人です。「伴ちゃん」の愛称で親しまれ、「政治は義理と人情だ」「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人だ」等の格言を残しました。義理人情に厚い性格から「伴睦殺すにゃ刃物はいらぬ、大義大義と云えばよい」という戯れ歌でも知られていました。俳人としても有名で、万木(ばんぼく)の俳号で多くの俳句を残した。

博多屋台はしご

 10月の三連休を使って、福岡(田川市)の実家に帰って来ました。金曜日、仕事を終え、新大阪から博多へ新幹線で移動。21時に博多駅へ着いた後、ビジネスホテルに荷物を投げ込み、福岡勤務の同僚と天神で待ち合わせて、そこからのんびり歩きながら屋台を巡りました。

 

 現在福岡市内で営業する屋台は約150軒。ピーク時は400店強あった屋台も、経営者の高齢化や1994年に福岡県警が「現営業者の一代限り」との方針を打ち出し屋台の名義変更・譲渡を禁止したり(配偶者や子供への譲渡は例外的に認められているようですが)、1995年には道路での商売を禁止する道交法の原点に立ち返り、新しく開業しようとする屋台には道路使用を許可しない方針を打ち出したことなどにより、屋台は減少の一途を辿っています。

 

 一方で、屋台の実情を調査するため、1996年に福岡市は市長の私的顧問機関として有識者数名を募り「福岡市屋台問題研究会」を設置し、屋台の研究が様々な角度からなされました。屋台が「福岡らしさの象徴」や「貴重な観光スポット」といった市民や観光客の意見が多いことから、市は屋台経営者や警察等と協議を重ね、2000年7月には「福岡市屋台指導要綱」を施行、さらに2012年にはこれからの住民と屋台との共生のあり方について検討することを目的とする「屋台との共生のあり方研究会」を設置し、この研究会の提言を受け、2013年9月には「福岡市屋台基本条例」が施行され、現在に至っています。

 

 さて、この日は3軒の屋台をはしごしてみました。屋台によっては行列が並んでいたり、ほとんどお客が入っていなかったり、かなり差が激しいです(以前ラーメンを2つの屋台で食べ比べして、その味の差に愕然としたことがあります)。つい最近、TV番組で博多華丸・大吉が紹介した癒着屋台はどこも相当混んでいました。行列に並ぶと屋台のはしごは出来ないため、お客は入っているがどうにか2人が座れる屋台を探して、まず一軒目。

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 ここでは、屋台の定番の焼鳥・おでんとビールを頂きました。我々の隣の席は若い韓国人女性2名で積極的に写真を撮り、料理を注文していました。次の屋台でも中国人の男女2名がおり(男女とも泥酔しておりほとんど会話になりませんでしたが)、屋台もグローバル化していることを痛感しました。

 

 次の屋台は、料理のレパートリーがとにかく豊富。定番のラーメン等以外にドライカレーやチーズオムレツ、厚揚げなど多岐に亘ります。食も進みます。

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 最後の3軒目は、天ぷらか餃子のある屋台を探したところ、天ぷらのある屋台を発見。最初におでんを頂きつつも、天ぷらで〆。

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 この日は屋台を満喫しました。外の空気に触れながら、隣の客や店主とも軽く会話しつつ、お酒を呑み料理を頂く。一種独特のこの風情がある屋台を博多のシンボルとして末永く残していけるよう陰ながら応援していきたいと思います。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

 

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Q1. 屋台の大きさは決まってるの?

A1. 幅3m×奥行2.5mのサイズで営業しなければなりません。この範囲内で座席や調理場、調理器具などを収めます。営業していない時間帯は幅2m×奥行1mにまとめて組合が屋台専用に借りている駐車場などに収容する決まりになっています。でもこの小さいサイズの中で多くの酔客のお腹と心を満足させているんですね。

 

Q2. 屋台のメニューで珍しいものはあるの?

A2. 焼鳥やおでん、ラーメンなどが定番ですが、上記の天ぷらや餃子、そしてイタリアン、フレンチ、エスニックなアジア料理など様々です。アルコールもワインやカクテルを出す屋台もありますよ。

 

Q3.ところで〆にラーメンは食べてないの?

A3.失礼しました。実は、屋台ではなく専門店で頂きました。ここは美味しかったです!(店名は器に記載)

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香川(高松〜丸亀〜琴平)の旅

 本州から四国に移動する手段(飛行機・船以外)は、神戸・鳴門ルート(明石海峡大橋淡路島大鳴門橋)、児島・坂出ルート(瀬戸大橋)、尾道・今治ルート(しまなみ海道)の3つのルートがあります。今回は、行きは神戸・鳴門ルートで、帰りは児島・坂出ルートで香川を旅してきました。

 

 本州を去り、淡路島に入ると、まずはSAがあります。人気のSAで、広い駐車には車で埋め尽くされています。そこで、観覧車が出迎えてくれます。

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お土産は、名産の「玉ねぎ」ものが多いい気が。。。淡路島を抜けると鳴門海峡の渦潮の上を通ります。周りの車の速度が落ちるので、運転には要注意です。当然、脇見運転はダメです。

 

 香川で最初の観光は、栗林公園です。

photo_2.jpg栗林公園は、江戸時代に水戸徳川家の連枝である松平頼重などの讃岐高松藩の歴代藩主が、百年余りの歳月をかけて造営し、下屋敷として利用していました。

栗林公園は、「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」でも「わざわざ旅行する価値がある」を意味する三つ星に格付けされ、さらには、明治43年に文部省から発行された『高等小学読本』巻一には、栗林公園は日本三名園(偕楽園、兼六園、後楽園)より優れていると記載されていたほどで、水と緑の調和がとれたとても美しい庭園です。

残念ながら、和船「千秋丸」に乗り損ねましたが、次回は、船頭の解説を聞きながら、ゆったりと水面から庭園を眺めたいと思います。

 

 その後、高松城趾へ、今は玉藻公園として整備されています。高松城は、別名を玉藻城といい、その由来は、柿本人麿が万葉集で、讃岐国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことに因み、高松城周辺の海域が玉藻の浦と呼ばれていたためとされています。

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高松駅近くで1泊した後、朝ごはんは、ホテルの朝食でなく、讃岐うどんを食べに行きました。

 

 その後、「日本の100名城」に選ばれている丸亀城に行きました。丸亀城は現存天守の中で最小の天守ですが、日本一の高さの石垣の上にあります。そのため、天守に行くには、「見返り坂」という急な坂を登る必要があります。案外、足にこたえます。天守に入ると小さいながらに木造で威厳と風格があります。また、城の敷地に丸亀藩主京極家の資料を中心に展示してある「歴史・民俗資料館」があります。そこで、特別展示の「にっかり青江」を見ることができました。ちなみに、「京極にすぎたるものが三つある にっかり茶壺に多賀越中」との狂歌があります。この過ぎたるものは、にっかり(にっかり青江)、茶壺(野々村仁清作の茶壺、国宝や重要文化財に指定されているものもがあります)、多賀越中(丸亀藩京極家の家老)です。

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 最後に、こんぴらさんで親しまれている金刀比羅宮へ。金刀比羅宮は、本宮までは785段、奥社まで登ると1,368段あります。本宮まででヘロヘロになります。「金比羅船々 こんぴらふねふね・・・」と優雅な芸者遊びから程遠い。。。行きは一気に本宮まで行き、帰りに、書院や宝物館を見ながらゆっくりと下ります。金刀比羅宮のお守りは可愛くいい感じです。

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帰りは、四国を背に瀬戸大橋を渡って本州へ。1泊2日でしたが見応えのある旅でした。

(観光ビジネス研究会 岡村 善裕)

 

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Q1.やっぱり、高松といえばうどんだよね。讃岐うどんに種類はあるの?

A1.讃岐うどんのもっともベーシックな食べ方は、「かけ」に自分でネギと天かすと生姜を乗せ、サイドメニューに好きな天ぷらを選んで食べます。

その他に、

・釜揚げ:茹で上がった麺を茹で汁とともに丼に移し、つけだしで食べる

・ぶっかけ:茹で上がった麺を水で締めて丼に移し、つけだしを直接かけネギや大根をトッピングして、かき混ぜて食べる

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・生じょうゆ:茹で上がった麺を水で締めて丼に移し、醤油をかけて食べる

・釜玉:茹で上がった麺を水で締めて丼に移し、生卵を割りいれて醤油をかけて食べる

などがあります。和風カルボナーラです。

 

Q2.うどんの他に、美味しい食べ物があるの?

A2.高松で是非食べておきたいものに、豪快に食べる骨付き鳥があります。他に、オリーブハマチやオリーブ牛も押さえておきたい名物です。

photo_7.jpgまた、デザートとして、嫁入りお入りソフトがあります。「おいり」は、香川県西部に伝わる結婚の引き出物で、縁起のいい米菓子で、口の中でふわと溶けます。ソフトクリームには、是非、「おいり」のトッピングは忘れないように。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Q3.丸亀城は現存する天守閣として有名なんだよね。

A3.そうです。全国の国宝に指定されている5城と重要文化財に指定されている7城あり、丸亀城は、重要文化財に指定されています。

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【国宝】

松本城(長野県)、犬山城(愛知県)、彦根城(滋賀県)、姫路城(兵庫県)、松江城(島根県)

【重要文化財】

弘前城(青森県)、丸岡城(福井県)、備中松山城(岡山県)、丸亀城(香川県)、松山城(愛媛県)、宇和島城(愛媛県)、高知城(高知県)

プチ観光−駿府城

今回も仕事の合間のプチ観光です。静岡駅から真っ直ぐ北に15分程度歩いたところに駿府城跡があります。駿府城は、徳川家康が将軍職を秀忠に譲った後に移り住んだ城です。家康在城時の駿府の町は、江戸と共に、政治、経済の中心地として繁栄していたようです。家康の死後、江戸時代の駿府城は、建物の規模も次第に縮小していきました。

明治時代になると、本丸堀は埋められ、三ノ丸は官庁や学校などの公共用地となりました。今は、本丸、二ノ丸部分は駿府公園として整備され、巽櫓、東御門、坤櫓(ひつじさるやぐら)の復元もされ一般に公開されています。

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公園内には、威厳のある家康の像や家康が手植えしたと伝えられるミカンの木があります。秀吉の死後、日本の頂点に立った家康の感じることができます。

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静岡駅の近くなので、1時間ぐらい時間に余裕があれば、ぶらりと散歩がてら行ってみては如何でしょうか?(観光ビジネス研究会 岡村 善裕)

 

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Q1.駿府公園は、家康だけ?

A1.公園の堀の近くに、「わさび漬発祥の地」という碑がありました。わさびは 370年前に安倍川上流有東木で初めて栽培され、わさび漬は 今から200余年前に駿府のわさび商人によって 始めて考案されました。

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Q2.名物は?

A2.駅の売店には「安倍川餅」と「うなぎパイ」が沢山並んでいました。定番のお土産です。

奈良縦断−100名城など

先週、奈良を縦断して来ました。大阪勤務も2年が経過、東大阪に住んでいることもあり、電車で行きやすい奈良はいろいろ観て回りましたが、今回で恐らく見納めでしょう。

さて、東大阪の布施でレンタカーを借りた後、最初の目的地は100名城の高取城跡。近畿でまだ訪問していない3城残った日本百名城の一つです。以前も見物した當麻寺を経由して、高取城へ。山登り目当ての観光客は壺阪寺というところまでバスで行って、その後1時間程度徒歩で登るらしいですが、私は単純に城を観るだけですから幅の狭い道路をくねくね車で登って、城から最も近隣のスペースに駐車。それでも10分程度は徒歩で登りました。

 

高取城は1332年、中世南北朝時代にこの辺りを治める豪族・越智一族が高取山の頂に砦のような城を築いたのが始まりと言われています。その後、大和国郡山城主である豊臣秀長の重臣の本多利久が1585年に高取城主となり、天守閣や石塁など本格的な築城が進められました。本多氏が絶えた後は、1640年に植村家政が高取藩主となり、以後植村家が藩主として居城し、明治維新後の1873年(明治6年)に廃城となり建造物はほとんど取り壊され、今に至っております。

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現在の高取城は石垣しか残っていませんが、その数や種類も豊富です。これだけの標高の山に石垣を築き上げた労力は並のレベルではなかったでしょう。樹木に囲まれて古(いにしえ)の城という雰囲気を醸し出しています。一見の価値ありです。山から下りて、高取町の市街地にある「夢創館」という観光案内所で、100名城スタンプを押し、高取城の復刻イメージのCGを見せてもらいました。

 

高取町を後にして、車で北上。山の辺の道に沿って、天理で昼食を取り、同じ天理市内にある石上(いそのかみ)神宮へ。石上神宮は古墳時代の豪族である物部氏の総氏神です。入母屋造りの拝殿は平安神宮末期の建築で国宝に指定されています。

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何故かニワトリがたくさんいました(30羽程度いるそうです)。今から40年程前に奉納されて、暁に時を告げる鳥として、神聖視され、神様のお使いともされています。

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さらに北に上り、奈良公園付近へ。この日の最後の訪問場所は、「奈良のピラミッド」と呼ばれる国指定史跡の「頭塔」です。ホテルの敷地内にあり、受付で300円払います。

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頭塔は一辺32mの石積基壇上に7段の階段状石積(中は土)が築かれ、高さは約10m。仏塔だったとみられますが、当時権勢を振るった僧の頭を埋めた墓とも伝えられています。インパクトのある不思議な遺構です。

 

これで奈良の観光スポットはある程度制覇した感じでしょうか。百名城も関西は残る2城(竹田城・観音寺城)。11月頃までには制覇したいと思います。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

 

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Q1. 高取城は日本三大山城とのことだけど、他にどこが三大山城なの?

A1. 岡山県の備中松山城と岐阜県の岩村城です。ともに百名城でもあります。麓から本丸までの高低差が最も大きいのが高取城、海抜が最も高いのが岩村城、天守が現存する中では最も高いところに位置するのが備中松山城、となっています。

 

Q2. 天理では何を食べたの?

A2. 天理ラーメンです。天理ラーメンには、「天理スタミナラーメン」と「彩華ラーメン」の2種類があります。前回天理に行った際に天理スタミナラーメンは食べたので、今回は彩華ラーメンにしました。醤油味のスープにニンニクなどが入って刺激的。野菜も多いです。今回食べたのはサイカラーメン(バラチャーシュー入り)とチャーマヨ巻きです。

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日本100名城(千早城)

平成25年10月に大阪に転勤してきて約2年。関西の日本100名城はかなり制覇して来ました。関西にある16城の内、残るは天空の城で有名な竹田城(兵庫県)をはじめ、高取城(奈良県)、観音寺城(滋賀県)、そして大阪府千早赤阪村にある千早城の4城。どこも電車では行きづらい場所です。そこで、残りの4城を攻めるべく、レンタカーを使っての城巡りを決行。今回は千早城に行って来ました。

 

千早城は戦国時代の城ではなく、南北朝時代に後醍醐天皇の挙兵に応じた楠木正成が、元弘2年(1332年)、前年に落城した赤坂城に代わる拠点として築いた山城です。正成がわずかな手勢で鎌倉幕府の大軍を相手に様々な奇策を用いて、籠城戦を戦い抜いた難攻不落の城だったそうです。現在本丸跡には千早城跡には千早神社が建立されています。

 

車で山道を上り、14時に「金剛山麓まつまさ」という土産・飲食店に到着。100名城のスタンプはこの店に置いてあります(パンフレットなどはありません)。遅い昼食をこちらで頂きました。金剛山カツカレーと手作りの冷やっこ。カツカレーは生卵付きです。

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14時半過ぎにお店を出て、山を登ります。お店の人が「往復で30〜40分くらい」と言っていたので軽く考えていましたが、かなりの急な坂道・階段で、気温が21℃とヒンヤリしているにもかかわらず汗が止まりません。金剛山の支脈ですから当然と言えば当然なのですが。

ようやく千早城跡に辿り着き、一番広い曲輪の四の丸から、三の丸、二の丸、本丸へ移動し、最後に千早神社で参拝して終了。

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小雨が降る中、山林で薄暗く、そして登山客と途中1人会った程度で誰ひとり城の周りにいないという不安感(神社も宮司などいない)。足を滑らして落ちてはまずいと慎重に下山しました。

 

100名城としての見どころは正直よく判りませんでしたが、このような困難な城巡りをすることで、達成感もひとしおなのでしょう。関西の残り3城、制覇したいと思います。

(観光ビジネス研究会 長野正毅)

 

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Q1. 千早城跡って金剛山の支脈にあるって書いているけど、金剛山のことを教えて!

A1. 金剛山は標高1,125mあり、大阪府千早赤阪村と奈良県御所市との府県境にある山で、二上山や葛城山の連なる金剛山地の主峰です。観光スポットとしても人気が高く、週末に観光を兼ねてハイキング登山をする人も多いです。私はとてもハイキング気分ではありませんでしたが。

 

Q2. 楠木正成のお墓はどこにあるの?

A2. 楠木正成は、1294年に大阪・千早赤阪村の山里に生まれて、千早城を築いた後、建武3年(1336年)湊川の戦いで戦死しました。現在の神戸市中央区にある湊川神社に墓が建立されています。

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